2012年10月08日

葛飾銭湯ウォークにいってきました(前編)


広報かつしか(葛飾区の広報紙)でいつもチェックしていた銭湯ウォーク
葛飾の町歩きと銭湯を楽しむ、という企画。
今月は亀有開催!!ってことでさっそく参加してきました。

集合は北口の両さん像。
参加者のほとんどが年配層。
郷土と天文博物館の学芸員の方が案内してくださいました。

121006_1255~01_Ed_Ed.JPG

亀有3丁目の恵明寺は、将軍徳川吉宗がよく鷹狩りに立ち寄ったのだそうです。
鷹狩り=鳥の餌が豊富なところ=水田というわけで、もともと亀有は見渡す限りの水田地帯。
手渡されたプリントには亀有駅南口のゆうろーど(商店街)の昔の写真。
今と昔の風景の違いに時代の流れを感じました。

ゆうろーどのつきあたりにあるのはローソン100。
あの辺りには亀有警察署があったとか。
寺島警察署(墨田区)から分署した亀有警察署は、移転して今は新宿(にいじゅく/葛飾区)にあります。
そのルーツから、本来ならば亀有警察署が「葛飾警察署」と名のってもいいところ。
だけど実際は、亀有警察署から分署した本田警察署「葛飾警察署」(四つ木/葛飾区)と改名。
もしこれがヤクザの親分だったら、「筋が違う!」と指詰める騒ぎになってた?(笑)


121008_1337~01.JPG

ワハハ両さん像の前にあるマンション。
このあたりに亀有名画座があったそうです。
旧水戸街道の道路拡張のため、1999年に閉館。
戦前からあった亀有名画座/東宝
ゴジラとかスターウォーズとかジョーズとか、映画が最大の娯楽だった頃はにぎやかだったんだろうな。


お次は環七を渡って亀有5丁目、香取神社の境内をぐるっと一周。
境内の地面には高低差があります。
安政の大地震(1855年)で液状化現象がみられたのは、昔この辺りに古隅田川が流れていたりしたからだそうです。
川と水田がひろがる農村地帯。
中川を渡る舟頭さんにとって、香取神社の木立はランドマーク。
「浮き洲の杜」と呼ばれていたそうです。




明治時代の近代化で、田端―土浦間に沿線計画が浮上すると、新宿の住民が猛反対。
線路(橋)ができれば中川の渡し舟で働く人たちがアガったり!
ということで、宿場町の新宿でなく、農村地帯の亀有に駅が設けられました。

現在のJR常磐線は高架になっていますが、当時は地上を走る機関車。
その機関車にうっかりはねられてしまった(ムジナ)
亀有5丁目には、そのをまつった塚で知られる見性寺があります。

121008_1231~01_Ed.JPG

見性寺の境内も高低差があり、どんぐりの実でいっぱいでした。
お寺の墓地は、まるで「ゲゲゲの鬼太郎」のオープニング。
かなり古いお墓があって雰囲気バッチリ。
こんなところで肝だめししたら泣いちゃう!?
私の実家も隣が墓地ですが、ここは昼間でも歩くのがコワかったです。

ラベル:銭湯ウォーク
posted by 亀有夕子 at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 亀有紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。