2012年06月14日

お洒落な意味深・・・松任谷由実「白い服、白い靴」


ALARM a la mode(アラーム・アラ・モード)/松任谷由実 / 松任谷由実 (CD - 1999)

はっきりしないお天気の日は、松任谷由実の「白い服、白い靴」
“ お洒落な警報 ”という意味のアルバム「ALARM à la mode」(1986年)収録曲。
その名のとおり、とてもお洒落なアルバムナンバーです。
こちらをクリック

偶然再会したのは昔の彼氏。
なつかしさのあまり盛り上がってしまう二人。
楽しくて、先に電車を降りるのがつまらなかったほど。
「今はもう大切な人がいるの」なんて無粋なセリフはいえなくて、
来週は二人で会う約束。


ここまで聴けば「どうなるの!?」と興味津々なすべりだし。
だけど2番目のどんでん返しが意味深です。

久しぶりのデートに何度も鏡を見る彼女。
白い服と白い靴でその日を待って。
それなのに目覚めたらどしゃぶりの雨。


♪ 何もいえずに服をたたんだ
 予定ができたと電話を切った 雨降り
 雨降り・・・



さて、彼女はどうしてキャンセルしたのでしょうか。

白い服に白い靴。 
ローヒールでは雨の中を歩けない。
けっこう似合うと思った服もこれでは台無し。
雨で汚れてしまう、白い服と白い靴。

白は汚れが目立つ色。
あの時いえなかった言葉。
浮き彫りになっていく過去の出来事。
舞い上がる炎を鎮火して、現実に呼び覚ます雨。

白だからこそ無限の可能性を秘めて、
白だからこそ汚れが目立つ。


この歌詞にキャンセルの理由はありません。
ただ中止にした。
ひどい雨降りを見て。
彼女が服をたたんだ理由は読み手の想像にまかされています。
無粋な言葉で説明するより、ずっとお洒落ですね。(^_-)☆

posted by 亀有夕子 at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | レビュー(音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月10日

散りゆく櫻の花によせて


散りはじめの桜って風流ですね。
桜並木を歩いていたら、松田聖子の「櫻の園」を歌いたくなりました。

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この曲は、松田聖子の編曲を担当されていた大村雅朗さんの追悼曲。
46才(1997年)の若さで亡くなった同氏が、
「これ、聖子ちゃんに歌ってもらえないかなぁ」と生前に書き遺していた作品だそうです。


そんなふうに大村雅朗さんが松田聖子に、自発的に書いた楽曲はたくさんあります。
「SWEET MEMORIES」を筆頭に、「真冬の恋人たち」「BITTER SWEET LOLLIPOPS」、ファンの間で根強い人気の「WITH YOU」など数々の名曲を残しています。
いずれもアイドルが歌いこなすのは難しい曲ばかり。

近田春夫のコメント(YOUNGSONG)によると、たとえミディアム・バラードでもアップテンポ以上の華やかさで表現できるという松田聖子。
ヒットチャートで1位を争っていたアイドル全盛期。
松本隆さんが詩を書き、大村雅朗さんがアレンジし、松田聖子が歌っていた時代。
あの3人で再び奏でる「櫻の園」。
こちらをクリック

つくづく思うんですけど、桜って、日本人の心によりそいながら咲く花ですね。
出会いの時も別れの時も、桜の花はよく似合います。
私はここよ!と主張して咲く薔薇の華やかさとはまた違って、
都会だろうと山奥だろうとどんな場所でも溶け込みながら、
人々の目にとまりながら、
主役にも名脇役にもなれる花です。
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posted by 亀有夕子 at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | レビュー(音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月06日

もとの私に戻れなくても


高校時代によく聴いた曲です。
原田知世の「早春物語」(1985年)。
ヤンソン(明星の付録)のコードをみて、ピアノ弾きながらこの曲を歌っていました。

♪ 他の誰かに愛されるなら
 あなたのために悲しむほうがいい


この部分が特にお気に入りでした。

それにしても原田知世は、いつ歌がうまくなったんだろ?
デビュー曲「ときめきのアクシデント」(1982年)や「時をかける少女」(同年)を思えば、めきめきと上達しています。
「ロマンス」(1997年)のボーカルなんか特にいい!


男女交際禁止だった私の高校時代。(それでもつきあってたけど)
この曲みたいに、
♪ 逢いたくて 逢いたくて 逢いたくて
 あなたにすぐに 
  ・・・の心境でした。

今振り返ると、
禁止されてたおかげでより健全なおつきあい≠ェできたのかな?という気もします。
周りに流されることなく、勢いに任せることなく、
お互いの気持ちをひとつひとつ確かめながら、
束の間でも逢えるひとときを大事にしていたし、
二人でいれば至福の時でした。
お互いに逢おうとしなければ逢えなかったので、逢うこと=気持ちが通じていることでした。
私自身も他に意識が飛ばないように、自主的に禁止事項(ルール)を作り、それを守っていました。

男子校に通っていたら、他の女の子と話す機会はないだろうから、
「たとえ私が共学でも男子とは話さない!」とか、
相手の校則が厳しくて、防寒着の着用は一切禁止だったから、
「私もコートなし! タイツもストッキングもなし!」で3年間通学。
そうすることが、女としての愛情の証だと思ってたんでしょうね。

今ですか?
相棒に、背中のカイロを貼ってもらってます。
posted by 亀有夕子 at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | レビュー(音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

銀紙のお月さま

風立ちぬ / 松田聖子 (CD - 1990)

聖子ファンの間で絶賛されているのが、アルバム「風立ちぬ」。
大滝詠一プロデュースのA面(1〜5曲目)は、数珠粒の名曲が勢ぞろい。
B面(6〜10曲目)もそれに負けじと、財津和夫・鈴木茂・杉真理らが楽曲提供。
喉を痛めた松田聖子が、進行しないレコーディングに車の中で泣いたこともあるというアルバムです。
たとえ歌い手の声の調子が悪くても、適当に仕上げることなく完成された「風立ちぬ」は、今も名作としてファンから高い評価を受けています。

松田聖子の強運はデビュー当時にもみられましたが(※デビューの予定がなかったのに社運をかけて急遽売り出されることになった)、喉を痛めてもそれは変わりませんでした。
ハスキーがかった声で表現力がアップし、さらに透明感のあるキャンディボイスとなったのです。
その過渡期に制作されたアルバムが「風立ちぬ」
ロマンチックな風景描写と初々しい恋心が鮮やかに描かれた「一千一秒物語」
感性が最もヴィヴィットな時に聴いた曲は、時を経て、何度聴いても当時の感覚を呼び戻します。

思いおこせば、私達の世代の給食は質素だったし、遠距離恋愛は電話代が高くついて不便でした。
それでも贅沢だったと思えるのは、アイドル歌手のアルバムでこんな名曲が聴けたこと。
大滝詠一はものすごく凝り性で、発売日が延期、なんてことも珍しくありませんでした。
けれど、「冬のリヴィエラ」や「夢で逢えたら」など名曲の数々を残しています。
圧倒的なスケール感があり、簡単には歌えない難曲が多く、
シングル「風立ちぬ」のデモテープを聴いた松田聖子が思わず「歌えません」といってしまったとか。

喉を痛めた松田聖子は、最悪のコンディションで大滝詠一の歌唱指導を受けます。
なんどもなんども繰り返し、歌い直せば歌い直すほど出来栄えが悪くなる状態。
この時に、一発集中型の歌唱法が確立したと思われます。
次作 「pineapple」 からはのびのびとした歌声で、ほぼワンテイクOKのレコーディングに。
「風立ちぬ」 はいろんな意味で分岐点となったアルバムでした。



♪ 空にペイパームーン 銀のお月様
 なぜか wow...shine on me


高校時代にこの曲を口ずさんだら、友達から
「なんでペイパームーンやのに『銀のお月様』やの?」とツッこまれ、
「銀紙でできた月やろ!!」と即返したことがあります。
この曲にはケチをつけられたくなくて。
松本隆さんの歌詞はどこもかしこもロマンチックで、当時十代だった私は詩の世界に憧れました。

♪ 黙りこくってたら 退屈な女の子だっていわれそう〜とか、
♪ 町灯りは呼んでいるけれど もう少しここに立っていたい〜とか、
♪ 一千一秒 離さないでね〜とか、そういう気持ちは十代特有のもの。
「沈黙」は、二人にとって「死」を意味するほど気まずいものだったりしますからね(笑)。
大人になると、「間」の取り方しだいで「沈黙」はさほど気にならなくなるのですが。

世の中にはいろんな事情で、急いで大人にならなきゃいけない人もいて、
「かわいい♡」とか「楽しい❤」とか「聖子ちゃん♥」とかいってられないこともあります。
それでもこんなに凝った名曲を等身大で聴けたことは、私にとって最大の贅沢でした。
純粋な歌詞に憧れて、純情な時期に純情でいられたことが。
posted by 亀有夕子 at 18:12| Comment(2) | TrackBack(0) | レビュー(音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月24日

音楽で伝えること・伝わること


仲間由紀恵主演ドラマ「東京湾景」(2004年)の主題歌、「君さえいれば」


このドラマはみてました。
なぜかというと、
「ヒロイン設定が在日韓国人の月9ドラマ」は、歴史の変化を感じさせる出来事だったので。
これもヨン様ブームの便乗効果でしょうか。
ほんの20年前なら考えられなかったことです。

仲間由紀恵の相手役・和田聰宏(わだそうこう)も正統派のイケメンじゃなく、
大沢たかおとオダギリジョーをたして2で割ったような人でちょうどよかったです。
(視聴者として見ると当時の大沢たかおは好青年で、
 オダギリジョーはヤバすぎるほど個性派だから、
 たして2で割るくらいのキャラでほどよいアウトロー感が出ていたと思います)
だけどストーリーは覚えてません。 どうしてだろ?
あんまり感動しなかったのかな?
十代みたいにスポンジ状態で吸収する年齢じゃなかったし。(^^;

スポンジじゃなくなった私が今みると、
和田聰宏が仲間由紀恵の頬にキスするシーンはウソっぽい。
こんなアウトローな、ロックしそうな男の人が、
少女漫画みたいにキスするかしら!?
こんなん見たら、おばちゃんテレてまうわ。(^^;

主題歌がまた耳馴染みのいいメロディーラインでした。
すぐ華原朋美がカヴァーしていて、「さもありなん」な歌詞でした。



本人(華原)の傷が癒えてない時に、
あまりにもドンピシャな歌をうたわせるのはどうかなぁ。
そりゃ歌う側にとっても感情移入しやすいし、話題にもなりやすいです。
だけど楽曲を提供するだけで、
その曲を「いかに歌うか」といった周囲からのアドバイスもなく、
「華原が歌えばピッタリだろう」という主観的なプッシュと、
歌い手側の個人の思いで歌っているような印象を受けます。

歌い手が客観的な視点を持って前向きな気持ちを織り込まないと、ただの失意のたれ流しになってしまいます。
失意のたれ流しだと、(中森明菜みたいに)悲愴感が漂って痛々しい。

逆に松田聖子(作詞)の「明るい未来にしようね、Positiveに!」のように、
とにかく前向き一色で作られた曲は、
必死のカラ元気で鼓舞してるみたいで(私は)明るい気分にはなれません。
「失意の中の希望」とか、
「前向きの中の悲哀」とか、
隠し味程度に添えるだけで伝えたいメッセージに深みがでてくると思います。


今年の紅白では福島県出身の西田敏行が「あの街に生まれて」 を歌うそうです。
失われた故郷を口ずさむ時に、
ただ「悲しい」とか「悔しい」という気持ちだけでステージに立たないと思うのです。
たとえ「さもありなん」な演出であっても、それを超えるくらいの気持ちがないと歌いきれない。
そうやって歌われた曲は憐れみを誘わないし、悲愴感はありません。
感動することはあっても。

華原朋美の場合はデビュー当時から「小室哲哉の恋人」であることを話題にしてきたし、
「小室哲哉大好き娘」を積極的に歌ってきた経緯があり、
今更感情移入しやすい曲を提供されても抵抗感はないのかもしれませんが、
ひねくれ者の私なら、
女心をプロパガンダとして利用されてるみたいで、このような売り出し方には不快感を持ちます。

それでも「あなたがいれば」はいい曲。
ゲストハウスに住んでいた頃、韓国からきた留学生と皆でカラオケに行ったら、
流暢な日本語でJ-pop ( L'Arc〜en〜Ciel の 「HONEY(ハニー) 」 ) を歌っていました。
私は韓国語がわからないので、かわりに日本語カヴァーの「あなたがいれば」を歌いました。
他のメンバーは「誰の曲?」と不思議そうでしたが、
朴さん(仮名)は「知ってる」といって黙って聞いてました。
彼は音楽やドラマをつうじて日本の文化を学ぶために来日してきた留学生でした。
つくづく時代は変わってきたなと思いました。

posted by 亀有夕子 at 15:58| Comment(2) | TrackBack(0) | レビュー(音楽) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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