2010年11月16日

あの頃の風景


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初めてこの駅に降り立ったときは縁を感じた。
ここから何かが始まるような予感がした。
面接に出向くときはこうした直感を大切にする。
「その土地からなつかしい感じがしたら採用される」というのが、私のジンクス。
人気はないけど、広くて新しい、障害者用の設備が整っている駅。

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仕事帰りによく利用した市場。
同僚の女の子が教えてくれた、地元の市場。
彼女はここの魚屋で「殻付きの生牡蠣にレモンを絞って食べたら最高だった」と話していた。
私は天ぷら屋さんのさつま芋が大好きだった。

ワイドショーネタじゃなくて、そんなささやかな身の回りの話題でキャッキャできる人って、彼女が初めてだったような気がする。
そのくらい彼女は俗世間にまみれてなかった。
それでいて堅実だった。
彼女の話はずっと聞き役でいても飽きなかった。

ひさしぶりに天ぷらの盛合せを買って帰ったら、
「これで380円は良心的やな」と驚く相棒。
海老天・芋天・かぼちゃ天・いんげん・・・衣が多いのは御愛嬌。
良心的なお店で買い物することが私の安らぎだった。

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あの大きな木によくボールを引っかけてたなぁ。
ボール遊びしていたのは男子達。
男性指導員が木にのぼってボールを取ろうとするたびハラハラして見てた。
あの後ワーホリから帰国した彼は、すぐに結婚して今は小学校の先生らしい。
彼は損得なしでいい仕事する人だから、早く落ち着いたほうが大成すると思う。

木の下には大きな蟻が巣を作っていて、
植え込みのツツジの下には大きなガマガエルがのっそりと歩いていた。
私の奥にしまい込んでいた好奇心が、子供達と一緒に輝きはじめた瞬間。

仕事をしながらそういう気持ちにさせてもらえて本当にありがたかった。
短い間だったけど、のびのびと働かせてもらえて本当に心強かった。
それぞれ別の未来へすすんでしまっても。
posted by 亀有夕子 at 15:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月15日

ミケランジェロのピエタ


エライ人はスポットライトの中だけじゃない。
名もなき大衆の中にこそ存在している。

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小さい頃、週末になるとキリスト教の番組が放送されていた。
毎回見ていたわけじゃないけど、オープニングで映し出されるミケランジェロのピエタ(キリストの死を嘆く聖母マリア像)が好きだった。
我が子を慈しみ、息子の死に嘆く母親の姿を、幼いながらも尊く感じた。

横浜にいた頃、土曜の朝はキリスト教番組を見ていた。
宗教的なことはよくわからないけど、「何かがきっかけでこんな取り組みを始めた」とか、「こうやって目覚めた」とか、そんな話を好んで聞いていた。
いろんなしがらみや我の張り合いでクタクタになるようなとき、精神性を振り返る時間が少しあると、緊張感がほぐれるような気がした。

職場でハッスルしているおばさんは苦手だけど、ごく普通のお母さんに感動することがある。
あり合わせのものでおやつを作ったり、ざっくばらんに話し合ったり。
抱えてるものはいろいろあるはずなのに、それをしっかり受けとめているお母さんってすごいと思う。
成功法則の本を読むより、そういう人から直接話を聞くほうがよっぽど貴重。

子どもとちゃんと距離を取って、孫ができても首をつっこまないなんてそれだけでも偉大なのに、そのお母さんは普通にこう言ってのける。

「お金だけお嫁さんに渡すことにしてるの。
 そしたらお嫁さんも服の一枚くらい買えるでしょ。
 孫にはあまり物を買わないほうがいいと思うの。」


もうマイッタ!です。
私もそう思います。
思っていてもなかなかできることじゃないけど。
良妻賢母ってこういう人のことをいうんだと思う。
伸ばしていた孫の髪を勝手に切って、私の弟から糾弾されたうちのオカンと大違い。(^^;ナニスンネン、オカン!!

私も去年は手を出さないほうがよかったのかなぁ。
どうして利用者が怒りだすのかわかっていても、しゃしゃり出ないで他の職員がどう出るか見守っていればよかったのかなぁ。
利用者に対してある程度距離の取り方がわかっていても、スタッフにはあまりできてないと思う。
浜口隆則さんも「戦わない経営」母性のリーダーシップの必要性について書いてある。
自立したチームには、必ず、大きな母性がある
安心できる存在に甘えるんじゃなくて、厳しいからそのとおりにするんじゃなくて、安心できるから挑戦していけるという存在。

イエス・キリストも聖母マリアの大きな安心感に包まれて、自ら十字架にかけられたのかなぁ。

posted by 亀有夕子 at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月20日

エライ人


我慢できないのは
入ったばかりの新人に
自分語りをする人
自分の功績や人脈を自慢しながら
認めさせようとする人
そのうえでつながろうとする人

会社経営者と知り合いだからエライわけじゃない
キムタクの母親と会ったことがあるからエライわけじゃない
エライ人と面識があるだけで
自分のエラさを証明できるものじゃない

こうやって私はひねくれる
延々とくりかえされる自分語りには応じられない

会社経営者と知り合いでも
有名人と話したことがあっても
その人の心に刻みこまれた出来事が素晴らしいのであって
その出来事を生かそうとすることが素晴らしいのであって
その人が素晴らしいわけじゃない

ああやって勘違いして
自分を見失ってしまうのがこわいから
エライ人だと思っても
できるだけコンタクト取らないようにしてる

だからごめんなさい
あなたをエライと思えない
某施設のお局職員
posted by 亀有夕子 at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

思い出ノートと連絡帳


ベスト〜エエトコドリ!

ベスト〜エエトコドリ!

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: コロムビアミュージックエンタテインメント
  • 発売日: 1996/08/21
  • メディア: CD



嘉門達夫の迷曲?「哀愁の黒乳首」のシングルレコードはB面が「ペンション」でした。
「哀愁〜」は抱腹絶倒なネタのわりにヒットせず、この「ペンション」も闇に消えた隠れ迷曲に。
歌というより、ほとんどセリフの読み上げですが、オチが最高。
ペンションに置いてある思い出ノートを垣間見たような歌詞。
ちょっと頭のわるそうなノリに、思わず失笑してしまいます。
今はもう時代を感じてしまう歌詞だけど、80年代のリゾート地で明け暮れる女の子達はこーいうノリでした。↓↓↓

ハーイexclamation 横浜からきた仲良し3人組のマミで〜す手(チョキ)
昨日からここのペンションに来てるノダ(キャハッ揺れるハート
ほんっとステキなペンションで大カンゲキ〜♪
(略)
窓からみえる白銀の世界・・・
まるでメルヘンの主人公になったみたい(ウフ黒ハート
(略)
By the way
今むこうのテーブルに、とーっても仲のいいカップルがいるの・・・たらーっ(汗)クスン
ホントうらやましー!!  イライラちっ(怒った顔)
私もぉー 今度来る時★わぁー  ぜーったい ぜーったい
素敵なカレと(キャーハートたち(複数ハート)) 二人で来たいでぇ〜すexclamation×2

こちらをクリック

このような文章を、よもや職場で拝読するとは思ってもみませんでした。
とある障害者施設とやりとりする連絡帳に、毎回「ペンション」と同じようなことが書かれているのです。
重度知的障害者のBさんの利用状況が、こんなふうに記録されています。 (※Bさんは話すことができません)↓↓↓

今日もキュートな笑い声をたくさん聞かせてくれました揺れるハート
お気に入りの職員と嬉しそうにニコニコしながら散歩しています★
歩き終えると、「こんなにたくさん歩いちゃった黒ハート」といって「キャハハ」と笑っていましたexclamation
(※くどいようですが、Bさんは話せません)
職員がギターを弾くと不思議そうに「それなぁに?」と覗き込んで鑑賞しています
犬
お昼はお腹がすいていたのか、パクパクレストランモリモリ、おいしそうに全部食べちゃいましたハートたち(複数ハート)
今日はぐっすり眠れるといいですネ!!わーい(嬉しい顔)


保護者も読む連絡帳にハートマークとばすな。
子ども相手の保育士でもこんなギャル文、書かないぞ。
Bさんが「こんなに歩いちゃった」なんて言うわけがないじゃないか。
あんたがそう解釈しただけでしょう。
個人的に感激したことを申し送りするなっ!
歩行可能なBさんがちょっと歩いただけで無駄に感激しやがって。
それを「ほらほらスゴイでしょう?」といわんばかりに書いてくるから、軽くイラつきます。

たとえば普通に数学ができる中学生に、家庭教師が「今日は因数分解できたんですよぉ揺れるハート」と感激してるようなもの。
そんな報告、親は聞きたいか?

思い出ノートに限りなく近い連絡帳、おそるべし。

posted by 亀有夕子 at 16:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

口うるさいおばあさん

昔話を聞く機会が少なくなったと思います。
授業で習う歴史は時代の主人公がメインだけど、学校では教えない庶民の歴史を身近で聞くのは貴重な機会。
10年くらい前は、明治生まれのお年寄りもまだ元気でした。
ホームヘルパーをしていた私は、お年寄りによく昔話をリクエストしたものです。


その90代のおばあさんはヘルパーの間でも有名な口うるさい人。
動くそばから口を出すので、「わかってるよ!」と言いたい気持ちをいつもこらえて訪問していました。

今やろうと思ったのに、先に指示されると命令されてるみたいでうっとうしくなります。
奴隷みたいな扱い方は勘弁してほしい。
そこでおばあさんの口封じ作戦に出ました。


おばあさんが言うより先に、「これから○○します」とそれとなくシャットアウト。
“何もわかっていない小娘だから、いちいち言わなきゃいけない”という先入観をクラッシュすることに努めました。

「そこも掃除機かけておいてね」
「はい、いつものとおりですね」というふうに、こちらが理解していることを示しながら家事支援。

するとおばあさんの口数が激減。
「あなた、だいぶ慣れてきたわね」
余った時間でコミュニケーション。
目の前にいるのは関東大震災の生き証人。


おばあさんは言いました。
震災直後は、皇居のお堀から水をくんで御飯を炊いていたそうです。
「緑色の藻が一杯の水だったけど、それしかなかったんだよ」

昭和生まれの私は、食いっぱぐれたことがありません。
激動の時代を生きてきた人には、ほんのヒヨッコにしか見えないのでしょう。
そのおばあさんは口うるさかったけど、明治女といわれるだけにキリッとしていました。

「私はずっと働いてきたんだよ」と言いながら、終戦後勤めていた町工場の話。
裁断機で両腕を失った男性を思い出すおばあさん。
「あの人、労災なんかおりなかっただろうねぇ・・・。
 あの後どうしたんだろうなぁ・・・。」

遠い目でそうつぶやいていました。
その時初めて、命令される関係から対等になれたような気がして、すごく嬉しかったのを覚えています。
posted by 亀有夕子 at 13:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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